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日本におけるマフラー

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一休和尚の歌

少し前まで、日本において、マフラーは「襟巻」と呼ばれていました。これはいつごろに登場したものでしょうか。襟巻の登場がいつであったかは定かではありませんが、こんな歌があります。
「襟巻のあたたかそうな黒坊主 こやつが法は天下一なり」
「法」は「のり」と読み、宗教的な教えのことを指すようです。そして「黒坊主」とは、なんと浄土真宗の開祖である親鸞のこと。実はこの歌を詠んだのは、トンチで有名な一休和尚で、本願寺で営まれた、親鸞の二百回忌法要に参列した際の歌だそうです。つまり、親鸞二百回忌にあたる1461年に、日本にはすでに、「襟巻」という言葉が存在したということ。しかも「暖かそうな」とありますから、それが防寒のための衣服であったことがわかります。西洋で「マフラー」という言葉ができたのは15世紀で、当時は現在のように、必ずしも防寒のためのものではなかったことを考えると、襟巻の歴史はマフラーよりもかなり古いということになります。湿度が高く、四季の気温の変化が大きい日本において、簡単に首を保温できる襟巻は、早くに発明されて重宝されたのでしょう。
「放送時間になると銭湯の女湯が空になる」という伝説を持つ「君の名は」というラジオドラマをご存知でしょうか。1952年から放送が開始されたこの恋愛ドラマは、多くの日本人女性を夢中にさせ、映画化されたのですが、同映画の中でヒロインがしていた、ショールを頭からすっぽりかぶってから首筋をぐるりと一周させるという巻きかたは、彼女の名をとって、「真知子巻き」と呼ばれました。映画のなかで真知子が巻いていたのはマフラーではなくショールですが、このような独特の巻きかたが生まれたのは、日本において、古くから襟巻が用いられていたことが理由のひとつでしょう。

俳句のなかの襟巻

このように、襟巻は日本文化に深く浸透していて、それゆえにたくさんの歌に詠まれていますし、俳句の世界では、冬の季語にもなっているのです。なかでも、高浜虚子の、「襟巻の狐の顔は別に在り」という作品などからは、当時の襟巻がどのようなものだったかを想像できます。季語を重んじた虚子らしく、「襟巻」という季語をフィーチャーした俳句です。日本において襟巻がどれほど生活に密着していたか、垣間見ることができるのではないでしょうか。

 

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